○こちよ「最近あの人自分のこと「ぱんださん」って言われることに罪悪感があるらしいわよ」●ちよ「もうそんなに若くないんだからそういうかわいい呼ばれ方は微妙よね」


by panda-panda78

カテゴリ:きみに読んで欲しい。( 46 )

名古屋では去年かよっておりました陶芸学校お邪魔させていただきました。
僕のような出来の悪い子でも残念ながら、良くも悪くも1年で卒業させられてしまうので、先輩やら後輩やらと接する機会というのはなかなかないのですね。残念。
と⑳氏が就職ガイダンスの時、授業のあいまあいまなどに
「去年今は中国の製土工場で働いているこんな痛い子がいた」
と今年の生徒さんに話をしてくださっているようで、
「あー、ぱんださんですか?」
と初対面の方でも知っていてくださったりするのでありがたいことです。

わが社の最高級ボーンチャイナをくばってみたり、文具店でかったなぞの共産党バッチをくばったりと、こういう人もいるんだと知ってもらえれば

言い換えれば
「この学校を出た」
という実績というチケットの使い方次第では

僕にとって海外で働くということは長年の夢だったので、みなさまにとって海外で働くということがどれだけ興味のあることなのかはわからないですが、

海外にも道が通じているし、そうとう遠くまで自分を連れて行ってくれるチケットなんだということを感じてもらえればとエラソウに思ったりしていたわけです。得た知識、技術をフルに使いきるのが学校への僕なりの感謝のあらわし方です。

そして今僕が働いている中国の工場の仕事もいつか辞めるときがくるでしょう(現実今の段階ではちっとも考えていないですが)そのときには中国の地で僕が積み上げたもの、そしてフルにその場を使いきれる学校を卒業された方に譲りたいと考えています。
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by panda-panda78 | 2008-03-01 10:30 | きみに読んで欲しい。

形がそうである理由

さて昨日は浜松にて楽器美術館(楽器博物館?)に寄ってきました。
以前からちょっとよってみたかったところなので念願かなって。
開館早々9時30分入りまして1時まで滞在。めちゃ面白い。

地域によって色々な形と、色々な鳴らし方の楽器があるわけだけれども
「用の美」
僕らの目からみると不思議な形にみえたのだとしても
「音を出す」
という目的があるからかならずその不思議な形には裏づけされた理由があるはずなんだよね。

b0099333_1044204.jpg

そうこのシタール
弦が左側に寄っているじゃない。
ギターのように抱えて演奏するということは、左側によっているということは指が届きにくくなるはずなんだよね。シタールの元になった楽器は全部中央に寄っているところから進化していることを考えると何か意味があるはずだと思うのですけれども・・・、

と館内の解説のお方に質問をしだいぶ困らせてしまいました。
ごめんなさい。。

二人であーでもないこーでもないと考えた結果
シタールはギターとはちがって指に油をぬって弦をおさえるのでそれほど強くおさえる必要がないのではないか、右側に寄っていると逆に強くおさえすぎてしまうのであえて左側に寄せることにしたという結論に達しました。
なるほどなるほど。。

帰国のたびによってみたいところであります。。
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by panda-panda78 | 2008-02-29 10:40 | きみに読んで欲しい。

薪窯解放路線

レストランの仕事をやめて(すぐ後にレストランがつぶれちゃったけど)さてどーすっかなーとノープラン。これを読んでいるよい子はもっと計画的にね。完全に行き詰っておりました。
ハローワークにて退職後の補助金の説明会に参加している時に、司会の方が「もう仕事決まった方はいらっしゃいますか?」という一言に

「私訓練校の受験が決まってます」
と前列に座っていたおばさま。

その瞬間に九十九里の陶芸のT山先生のところでよく話に出ていた
「愛知にあるナントカ訓練校」
のことを思い出したわけ。

陶芸家の河井寛治郎さんが幼いときに海に間違って落ちた時に近くにいた漁師さんが拾い上げてくれて、大きくなった時にその漁師さんのことを探したのだけれどもみつからなくてね、と防空壕の中で奥様と娘さんに語ったそうな。

おおげさではなくおばさまありがとう。。

とそれが1月だったはず。
そこから書類を用意してー、とあれこれしていたら
大好きだったちよおばあちゃんが死んで。。
「おばあちゃんに恥ずかしくない人生、喜んでくれるような人生をこれからは生きよう」
と心から誓ったんだわ。

思い立ってから3ヶ月。勉強はしました必死で。
が、もっと必死でもっと長い時間かけて準備した人を倍率からいえば2人蹴落としているわけね。

受かっても入るかどうか迷っていたところが受験したあたりでは気持ちのどこかにあったのだけれども、そういう僕の踏んできた道の過程を考えて、この道に懸けてみようと。

去年はテクニカル科という半年コースに10人の方がいらして。
そのうち何人かの人がS科、D科に入れなかった人がそちらにまわったという話もふと耳に入ったわけで。

色々な人の犠牲のうえに僕が立っていたわけで、蹴落としてしまったお二人にも、テクの方にも「あいつだったら仕方ない」と納得してもらえる行動を。2限と3限のあいだの10分に昼ごはんを食べてしまって昼休みは丸々一時間自分の作業をしました。
不遜かもしれませんが蹴落としたお二人もT科の方にも確実に「あいつが代わりでよかった」と
言って貰えるだけのことはしました。それだけの自信はあります。

が、去年のこの時期に太一選手にお呼ばれして参加したグループ展の搬出の時にぎっくり腰してしまい、戦線離脱してしまったことだけが心残り。僕座ロクロだったので、ほんとなら座ロクロしてみたかった546さんpucaさんには申し訳ないことをしました。「腰が折れても座り続けるのがスジを通すということ」と思っていたのですが。。

河井さんが誰に対してもやさしくあったのは、探したけれども見つからなかった漁師さんへの恩返しだったのではないかと。

僕はろくろも下手だし、何もできません。そしてまだ道半ばだし。
ただ「薪窯がある」ということが唯一。
名前も知らないハローワークのおばさまや蹴落としてしまったお二人に渡してもらったチャンスというバトンを少しでも多くの人に、言い換えれば「ちょっと前の僕のような人」に渡したいと思って止みません。
とこのブログをどんな方がみてくださっているのかわかりませんが、薪窯ちょっと興味ありますという方から遠慮なくコメント(もちろん非通知でも)いただければと思っております。

常識と効率を考えれば、各窯業都市で年一度茶碗1個2000円くらいでの薪焼成体験がおすすめですが、「ぱんださんに焼いて欲しいんだ」って言ってくれれば喜んで。

予定
1220度
灰がかかるビードロエリア
火色が出る捨て間エリア
どちらか指定してください。例えば信楽の土ならばどちらでもいいと思います。

8位ありがとう。
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by panda-panda78 | 2008-02-21 22:45 | きみに読んで欲しい。
まだ試し焼きもしていないこの段階で発表しちゃうのもあれですけど
ますちゃんにはコメントで伝えましたが、みなさんも

「薪で焼いてみたいものがあればぱんだ焼きます」

1個か2個くらいなら。。

「ボーン」って爆発しても恨まないって約束してくれるなら。。

薪窯といいつつも、薪はパレット壊しただけのあまりいい品質のものでなくてもいいなら。。

焼くまでに、渡すまでに時間がかかってしまってもいいなら。。

素焼きしてしっかりぷちぷちに包んでくれて、帰国した時に渡してくれるなら。。
(荷物の関係もありますので「無理」だったらごめんなさい)



そしてそれが陶芸の裾野と、その人の可能性を広げることになるのなら初対面の人だろうと喜んで。(送料を頂く場合があるやもしれませんが、基本無料で)
10位ありがとう。
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by panda-panda78 | 2008-02-20 00:00 | きみに読んで欲しい。
非常に忘れた頃にとなるのですが前回の11月帰国時に九十九里の僕の陶芸の先生のところに寄ってきました。
左側のメモ欄の「19歳の時に騙されてどうのこうの」の先生ですわ。

もともとは僕の大学の同級生のご両親。父版画家、母陶芸家、娘(が僕の同級生)旅人、息子彫刻専攻という一家。「先生」と書いているけれども「先生」と呼んだことなど一度もなく(笑)おとーさんは市場で働きながら、お母さんもちょこちょこパートしながら作ってらっしゃいました。
以前は長野県松本市に住んでらっしゃったのだけれども、それももともとはおとーさんが松本にあった木工の訓練校で勉強してそのまま居ついちゃった、娘も生まれたし、という経緯があるのね。

今はもう娘、息子も東京に行っちゃったし何より松本冬寒いということで(大根が外においておくと凍るそうな)温かいとこ目指してと九十九里に引っ越されたのが2年くらい前かな。。

ぱんださん前回で2回目の九十九里訪問でしたが、息子はまだ一度も来ていないらしく(笑)(ちなみに娘(同級生)とは5,6年会ってませんわ)初めて薪割り&窯焚きに参加させてもらってから10年息子のように歓迎していただきました。

「ワタシも訓練校行きたいわー。ワタシも訓練校行きたいわー。」
とおかーさん仰ってましたし(笑)

「ぱんだくん写真とってくんねーかな」
と版画の写真をどこかお客さんに持っていくとかで、マニュアルカメラを渡されて作品を外に出して撮ったり。マニュアルカメラは僕使ったことないんすけどね。

ぱんださん当時から痛い子だったので窯焼成のお手伝いの時は松本まで
「原付」
で駆けつけて。中仙道を途中写真撮りながら、窯焼成の時も写真撮りながら。

おとーさんは直接は言わないのだけれども
「ぱんだくん写真なかなかいいなぁ」
とお母さん経由でほめてくれたり。。

短い時間でしたが原点を確認。嬉しいことです。

引っ越してきて2年になるのだそうですが、お二方非常勤講師のようなこともしながら、年齢が年齢ということもあるしなかなか窯の構想はあるのだけれども作るのは難しいのよねーとのこと。

ああ、やっとこさぱんださん恩返しの時が来たようです。
「わたしが積みます」
中国で窯を作ったのはあくまで九十九里窯の練習にすぎません(うそです)
松本の時には鬼灯(ほおずき)窯という名前でしたが、表に裏に協力させていただきたいとこであります。

9位とありがとう。正直最近11位が続いていたので「もうトップ10は無理なのか?」と思っていましたがありがとう。
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by panda-panda78 | 2008-02-11 23:00 | きみに読んで欲しい。
「爆竹禁止令」
が確か中国では発令されていたはずですが、旧暦の大晦日を迎えてあちらこちらから爆発音が聞こえます。。ちょっと僕もやってみたいですわ、って個人で打ち上げ花火(大輪バージョン)をあげているヤツもいる!


と、陶芸なるものはどうしてこんなにも手間と時間がかかるものなのだろう。。
パッパと、サッサとできないものだろうか。。

土は市販、窯は電気窯
だってもちろん陶芸。

土を掘ってきて、窯は薪で
とぱんださん陶芸は本格的ですねー、と自慢がしたいのではなくて
他の人と違う作品、個性がある作品という視点から言えば、要するに「自信がない」んだわ。。

例えば僕が市販の土を使って、電気窯で作品を作った時に、それが他の人には作れないものになるか?と聞かれれば、うーん全く自信がない、とまでは言わないけど、厳しいものがあるよね。

僕が薪窯を作っていること、土を掘っていることが「他の人との差を意識」だけが理由じゃないけれども、例えばその両方をクリアーしていれば、ある程度のレベルが最低限保証のではないかと考えるわけです。「ロクロの技術」だけが大きく取り上げられがちだけれども。。

要するに僕ずぼらなのだとおもいます。
ロクロ技術というサボれば技量も下がっていくものに賭けるのではなく、「完成すればそこにある」という確実性にのっかりたかったんじゃないかな、と。。

というわけで確実さと取ったばっかりにパッパ、サッサとは縁のない作業を繰り返しております。。体力が基本、長生きしなくちゃ。

大晦日に振り返って見ました。11位ありがとう。
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by panda-panda78 | 2008-02-06 23:10 | きみに読んで欲しい。

陶芸プロレスラー宣言①

中国自動車産業 ヘッドライン
ここまで来た!自動車運転免許、初の1億人突破―中国
2008年1月4日、公安部は自動車免許取得者の統計を発表した。2007年末時点で免許取得者数は1億人を突破している。中国新聞社が伝えた


む。研究室の馬さんも先日車の免許を取りに行くからと明日は仕事を休みますと紙を提出したのですが、次の日の昼からいないはずの彼がテストピースのバリを取っている。
憔悴しきった様子からどうやら試験に落ちたらしいことがすぐにわかったのでやさしいわれわれはそっとしておいてあげるのでした(なんだかんだでこの前合格したらしいけれども。)

オリンピックに向けてあちこちで道路を直したり、大気を汚すということでセメント工場が閉鎖になったりと「クリーンなイメージ」をつくろうとがんばっておられる国家としては
免許を取る人が増える→排気ガスが多く出る→大気汚れる→中国またかよ!
となるのを防ごうと国家としてはあまり免許を出したがらないとのことですし、ガソリンスタンドにいってもガソリンを一定量しか売ってくれないという事情もあるようです。
ただ馬さんが試験に落ちたのは、実力なのか、そういう力が働いたのかは定かではないのですが。
けどこれ以上車が増えたら大変なことになるのは明白です。広州市内はあまりの車、渋滞の多さとバイク便のマナーの悪さに広州市内にはバイク便は入ってはいけないというお達しをだしたくらいですし。

◎20歳21歳22歳ころは
「おれ将来なにになるか今可能性のあるもののなかから決めなくてはならない!」
と脅迫観念のようなものがありとても辛かった記憶があります。
が、別にその後将来これで生きていこう!と決めたわけではまったくなく、5年後に「陶芸の訓練校に入る」と決めたときにも将来陶芸で生きていこうだなんてちっとも思わなくなってしまった自分が不思議です。

訓練校同級生のしの字さんが「ぱんだちゃんはいま陶芸しているけれども、たまたま陶芸って感じがするよね。ほかに興味が出てきたらそっちに行きそうな気がするわ」と的確な言葉をもらったことがありますが、いまでも僕陶芸というものによくも悪くもこだわりがありません。こだわりはないけれども、ずっと陶芸にかかわっていくんだろうなという実感はあります。

しかし、社会人になりながらも仕事の合間にピアノ演奏などをつてを頼って演奏させてもらっている人、歌を歌わせてもらっている人、そういう友人が多くいますが、そういう人たちからみて

「ぱんだちゃんはなんだかんだで一本スジが通っている、突き抜けているからうらやましい」

のだそうな。
みんなが就職していくなか、すっかり取り残されて父親の会社で鉄パイプを運んでいた僕は就職して新しい生活をはじめたみんながうらやましくてうらやましくて自分はなーんにもなくて悔しくて悔しくて仕方がなかったのに。

何で今そういうことになったのかな?
不思議です。
結局「これをして生きていこう!」と決めたわけでないのに、筋が通っているといわれるとは
不思議です。

客観的にみると、ぱんださんというひとは、自分でも把握しきれていないものがあちこちにあるらしい。
職人という枠に押さえつけると、わがままともいえるような独創(独走?)が顔を出すし、人と話をすることは好きだけれども、もし営業マンならGPSを体のどこかに埋め込まないと時間を見つけてはなにか作っているだろうし、何かの枠に入れると何かがこぼれるという感覚があるかな。

「陶芸は総合芸術」
とは⑳氏の言葉ですが、総合だからこそすごく僕に会っているのだと思う。

格闘技に例えるならば、パンチのボクシングでもなく、投げ技と絞め技間接だけの柔道でもなく、反則すらも5秒以内ならば椅子でたたくことも許されるというプロレスなんだな。

すごくサッカーが上手とか、そういうスペシャリストの人ってわかりやすいじゃない、けどマルチなジェネラリストというのはどーもわかりにくい。

(まとまっていなくてごめんなさい。また明日続きを書きます。)
7位とありがとうございます。「新党ぱんだ」ヨンダクラブも徐々に増やしていきたいところであります。
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by panda-panda78 | 2008-01-06 19:20 | きみに読んで欲しい。

土まみれな誇り

とーさんは石油タンカー→電気工事士→電気計装で独立したのですが、俗にいう零細企業なわけで、専属の社員って僕が覚えている限りでもトータルして3人とか4人とか。
「ぱんだ家徴兵令」が存在し、またタイミングを計ったかのように計装業務の一番忙しくなるオンシーズンが2月3月とちょうど僕が学校休みの時期と重なり小6から駆り出されたものです。
小6の時の仕事といってもとーさんが鉄パイプを運んで手が使えないから、その代わりにエレベーターのボタンを押すっていう簡単な仕事だったけど日給500円だったことをいまだに覚えており、いくらなんでも500円はなかったのではないだろうかと2月帰国時に請求したいところです。

と、インドに大学5年生の時に一ヶ月ふらり放浪しておりました。ジャンムー&カシミール地方の首都レーは富士山よりも標高が高く、初日は高山病だったのかぶっ倒れていたりと今さら世界地図を眺めてヒマラヤの奥地にポツリと 
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を見るとよくこんなところにいったものだと思います。(Lehの上の国境が点線なのは、中国やパキスタンと国境ラインでもめているからなんだけど。海外危険情報を見ると1もしくは2に設定されています。)

話脱線。

と「死と再生の町」ベナレス2週間ほどいたのです。ガンジス川でバタフライとはいかずも、地元の方にまじって洗濯したりとゆるゆる生活していたのです。
そんな時にふと、カースト制度だなんていうと日本人の感覚からすれば自分の希望する職業につけない、人力車運転手さんの息子は人力車運転手になるしかない、とかあれこれ悪しき習慣だなんて片付けられちゃうのだけれども、とある時に船にのってガンジス川の対岸に繰り出したことがあったのです。前で親父さんが後ろの息子に指示出しして船を漕がせて。

ふと
親父と息子が同じ時間、同じ職業を共有している
ということ

に気がついたわけね。自分のおとーさんが会社でどんな役職で何をしているんかしらーんと日本だと悲しいけれどもこれって現実よねってスレッガー・ロウはおっしゃるのです。
カースト制を肯定しているわけじゃないけれども、そういう日本の現実からみるとただ否定しておしまいっていうのもどうなんだろって。

もう絶対に手伝わないと毎日のように思ったりもしたけれども、よくも悪くも僕もとーさんとそういう時間をもてたことは「今となっては」よかったなと。
夏の暑いときには汗にまみれて天井裏で配管をして、冬の寒い時には震えながら屋上に上ってと、仕事をするってこうやって体に刻み込むようにしていくものなんだなと。
ITとかなんとか華やかだったりスーツをバシッと決めて!とあらーかっこいいなやと思うけれども、今こうしておとーさんから譲り受けたペンキのついた水色のサイズの合わない作業服を着てどんどこと地面を掘っていることで得られる

理屈ぬきの達成感 「だって昨日より深くなっているから」
と誰にでもわかる基準をもって毎日充実した時間をすごせることの幸せ。

あー今日はいいこと書きました。とりあえずとーさんは毎日押してください。
8位だなんて身の引き締まる思いです。
毎日まじめに、くだらなさも忘れず更新したいと誓う今日。
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by panda-panda78 | 2007-12-21 00:00 | きみに読んで欲しい。

故郷忘れじがたく候 

先日とある方とメールをしていたのですが

「いま思うとどうしてあの時にあのタイミングでK先生はあの話をしたのか?」
ということがなんとなくわかるような気がする

と僕以前ブログに書いたことについての話題に


K先生は
「少なくとも僕の授業中はノートとったらあかーん」
といいます
最初のうちは
「えーなんでだよー」
とか言ってぶーぶー言うのですが、それになれてしまうと「仕方ないか、メモもとるなっていうしさ」と簡単に聞き流してしまうのですよ、ええ。僕そうだったんだわ、そうなりそうだったけれどもさ。

「私が大事だと思うことをいうのだけれども、それを君たちはどう扱うのか?」
見ているんだよね、あの人。

「教える」→「教えられる」

訓練校も学校であるし、教育ではあるけれども、「教えてもらうこと」は当たり前ではないのよね

例えばS先生は例えば自分がものすごく苦労して見つけたもの、知ったものを 「ほい」って投げるように教えてくれる、渡してくれるじゃない。
ぼく、それってすごいなって思うのさ。例えば僕自分で掘ってきた土そんなに簡単にあげられないもん、はっきり言って。結局は断らないのだけどさ。結果は喜んでもらってよかったと思うこともあれば、やっぱりやめておけばよかったとおもうこともあれば。
だからS先生の見返りを求めない姿勢はすげーなと。

話もどると、だからK先生がどうのこうのと非難するわけではないのだけれども
「大切なものは大切に扱ってくるひとにしか教えん」
という姿勢は正しいし、
「「ノートをとるな」くらいであきらめるようなもんには教えん」
と僕は理解したわけ。
(「授業が終わったらすぐにノートを書くくらいの意気込みがほしい」とも言い換えられるのだろうか)

「そこの新聞記者メモとるなって」
とK先生、僕あほなので、鐘が鳴るまで覚えていられないので、こっそりしたの方でメモを取り続ける僕を見つけては一言
「明日の朝刊に載せないといけないんです」
とよくわかったようなわからないようなことをいう僕。

と、僕は弟子入りをしたわけではないから、教えてもらう機会というのはやっぱり少ないわけね。そうでもないか、
Iさんには「ここにある資料はなんでもみてええよ」
と言ってもらっているし、わからないことあればなんでも(ともちろんIさんは以前は釉薬屋さんだったので得意範囲不得意範囲というのはあるけれども)教えてもらっているしね。
まずもってもともと
「まずはやってみる、それからわからないことは調べるタイプ」
の人間であるので、今はとにかく目の前に中国の広大なスペース逆サイドフリーなので思い切り窯つくって、粘土つくって、作品手ひねりでつくってとまずは「行動」やらせてもらっているけれども、たまに立ち止まって訓練校のノートをみたりする。さしあたって去年のノートをある程度はまとめたのであるが。
「やはり残しておいてよかった」
というのが実感。
そんな一度聞いて、一度教えられてできるようになる「陶芸」ならばそれは「N先生、K先生、S先生が教えたい陶芸」ではないのでしょ。一度聞いて、一度教えられるくらいでできたような気になってしまうのであれば「自分」のことと「陶芸」の壁の厚さ高さをしらないってことなのかしら。


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by panda-panda78 | 2007-09-24 00:01 | きみに読んで欲しい。

自戒

棚板をつくろう!

「結局N歩先生ってばかな人間がすきだよね。」
と前回7月帰国時にしの字さんが的確な一言をコメダ珈琲で語られました

確かに食後休憩もそこそこに
ねこ車を押して粘土をあきもせずに毎日いくのですもの
そりゃ社長もあきれます

ばかな子はこんなことを考えていました


自作薪窯の天井部分をどうしようか?

棚板をつかったらええんやないか?

けれども棚板がない

それなら作ろう!

我ながら幸せな思考回路だとあきれます。


とりよせたもののぜーんぜん使っていないカオリンというか、かなりケイシャ成分の多いカオリンが倉庫に放置してありそれならええよということ、ちょこっと粘土を混ぜて干して固めて3分たったら出来上がり。

天井部分に使うものは厚めにつくればなおよし


「芸術系の大学にいっていた人には絶対に負けたくないんすよ」
と僕がクラスの飲み会の時にN先生にアツク語っていたと、脇にいたしの字さんが「ぱんだちゃんがどこまで本気で語っているのか俺到着したばっかりだったし(彼は遅れてくる人)よくわからなかったけど」と後で教えてくれました。
まったく覚えていないのです。飲んではいなかったのですが。というより飲めない。周りの雰囲気でかたっちゃったのでしょう。

絵画じゃおばかは厳禁なのでしょうが、とーげーという不思議な枠をもつ芸術に10代最後に出会ってからはや10年ですか。
やっと軌道に乗ることができたそんな気がします。

どうしてここまでこれたかな?
理想と技術とか、正当派なものに支えられてでは決してなく、そういうばかさ加減とか劣等感とかそういうものでここまでこれたと。そしてそういうばかさ加減と劣等感でここまでこれた自分を誇りに思うんです。 
だから今薪窯をつくっているけれども
「拾ってきたもの」と「もういらないもの」
ただ無料でできたからうれしいとかじゃなく、誰も見向きもしなかったもので作品が作れることが僕らしいし、僕にふさわしいなあって。

貯水槽の上は風が強くて、レンガ置きに疲れた体に心地よく。
「星はまたたく」のだと、カンパネルラの純粋さをどこまでとどめられるのかな

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by panda-panda78 | 2007-09-12 00:00 | きみに読んで欲しい。